Nikonの買取について | かんてい局つくば店
Nikonの買取について|質屋かんてい局つくば店
こんにちは、かんてい局つくば店です。
今回は、日本が世界に誇る一眼レフメーカーからNikonについてお話ししてまいります。
Nikonが今まで辿ってきた歴史や今発売している中でおすすめのラインナップをご紹介させていただきますので、興味を持っていただければ幸いです。
そんな魅力あふれるNikonの一眼レフを、かんてい局つくば店では積極的に買取を行っております。
お手元のNikonの一眼レフを買取してもらおうか悩んでいるお客様がいらっしゃれば、是非かんてい局つくば店までご来店ください。
↓↓お店の場所はココ↓↓
Nikonの歴史
Nikonは正式名称は株式会社ニコンといい、日本の光学機器メーカーです。主にカメラ、デジカメ、双眼鏡や顕微鏡等の光学関連、いわばレンズを使った製品の開発と製造、販売を行っているメーカーで、特にカメラメーカーとして確固たる地位を築いております。
Nikonの創業
Nikonの創業は1917年7月でした。当時は軍隊がありましたので、光学兵器の国産化を目的とした会社を立ち上げようという動きがあり、東京計器製作所光学部と岩城硝子製造所の反射鏡部門を統合させ、「日本光学工業株式会社」が創業されました。この会社が後のNikonとなります
ちなみに、この時に会社創業の為の出資を行ったのが岩崎小弥太という人物でしたが、何とこの方、三菱財閥の4代目総帥で、三菱経済研究所や東洋フィルハーモニー交響楽団の設立のための助成を行ったことでも有名です
三菱財閥の総帥からの出資によって出来た会社であれば、社名に「三菱」が付いても不思議ではないのですが、この時の出資は、岩崎氏のポケットマネーからされたそうなので付かなかったとのことです。
個人的な資金で会社を立ち上げるとは今の時代では考えられないですが、当時は資金を持っている方が積極的に産業関係に投資しておりました。
Nikonの発展
会社が設立された事情は、第一次世界大戦の最中で敵国であったドイツから双眼鏡等の光学部品の輸入が無くなってしまい、三菱財閥が光学部品の国産化を行うためでした。
その後、日本海軍向けの潜望鏡や爆撃機向けの爆撃照準器といった様々な軍需用の光学製品を製造し発展し続けました。その結果、最盛期になると全国で20ヶ所に工場を持ち、従業員の総数が2万5千人と日本有数の軍需企業にまで上り詰めました
しかし、Nikonは1945年の終戦によって大きく方向転換せざるを得なくなります敗戦により日本軍が無くなってしまったため、軍需という非常に大きな顧客を失ってしまったのです
ここで、当時の社長であった斯波孝四郎氏は大きな決断をします。先程紹介した2万5千人の従業員の内、実に7割の人数のリストラを断行したのです。これにより、Nikonの事業は大幅に縮小されることになりますが、この大リストラを行ったことで巨大軍需企業から小さな民需企業へのスムーズな移行をすることが出来たのですまた、この頃に戦前から研究を行っていた「ニッコールレンズ」の製造再開も行われました
1950年になると、Nikonに大きなチャンスが訪れます。朝鮮戦争の勃発です。この時に従軍したアメリカ兵が、「ニッコールレンズ」を使用するときれいな写真を撮影出来ると非常に高い評価をし、アメリカの雑誌である「LIFE」への紹介や従軍兵同士の口コミで評判が世界的に広まることになったのです。
これをきっかけに、Nikonは1950年代を通じてニッコールレンズをアメリカに輸出する体制を整備し、製造部門もレンズが必要になるカメラの製造に参入することで世界的なカメラメーカーとして発展していくことになります
この時、多くの日本企業が一般向けの価格帯の商品を発表する中、Nikonはニッコールレンズの価値を生かして価格帯の高い高級カメラの発表を行い、1960年代には高価格帯でのシェアの獲得に成功しました
1970年代になると、ニコンは世界有数のカメラメーカーにまで発展しました。1950年代には国内で50社ほどあり群雄割拠な状態であった中で、Nikonはトップメーカーのままであり続けたのです。「ニコン神話」としても伝えられています。
その後のNikon
1980年代に入ると、好調だったNikonの発展に陰りが見られるようになります。世界的に見てカメラの普及が一段落し、成長が鈍化するようになっていきました。キヤノンやオリンパスなどの競合他メーカーは、他の分野に本格的に投資を行っていったのに対し、カメラに依存していたNikonは成長の鈍化が著しくなり問題視されるようになりました
このような中、Nikonは半導体を製造する装置の研究を開始し、1980年に半導体製造の露光装置である「NSR-1010G」を発売しました。当時では、「人類が作る最も精密な機械」として称賛されるくらいの精度を誇っていました。1980年代から1990年代にかけては、Nikonからこの装置を東芝、NEC、富士通といった日本の半導体メーカーに販売することで日本の半導体産業の発展に寄与しました。
結果として、Nikonは1994年に世界の60%のシェアを取ることに成功し、カメラ以外の事業を育てることに成功しました。しかし、2000年以降は海外メーカーがシェアを拡充し、2010年代にはそのメーカーが世界シェアの80%を確保しNikonを圧倒してしまいます。Nikonは従来からの日本メーカー頼みだったのに対し、海外メーカーはアメリカや韓国等の新興メーカーを取り込むことで成長を続けており、これによりNikonの半導体事業は頓挫してしまいます
2017年にはリストラも行われ、これからの動きに注目が集まっています。
以上、簡単ではありますがNikonの歴史についてお話しさせていただきました。
おすすめのNikonのカメラのご紹介
最後に、今発売されている中でおすすめのNikonの一眼レフのご紹介をさせていただきます。お気に入りの一台が見つかれば幸いです。
・Nikon D3500 ダブルズームキット
かんてい局つくば店 買取金額 28,000円
※2020年8月11日現在の金額になります。市場の動向等により金額が上下する場合がございます。
今まで一眼レフを使ったことがない方が、初めて一眼レフを選ぶときに是非選んでいただきたいエントリーモデルになります。一眼レフは重いというイメージがあるかもしれませんが、持ちやすく握りやすいグリップもあるため非常に持ちやすくなっています。ピントの合わせも非常に早く、子どもたちの一瞬一瞬をすぐに切り取ってくれます。レンズが2つ付属しているダブルズームキットであれば、標準から望遠まで幅広い撮影が可能です。
・Nikon D5600 ダブルズームキット
かんてい局つくば店 買取金額 42,000円
※2020年8月11日現在の金額になります。市場の動向等により金額が上下する場合がございます。
一眼レフで撮った写真をネットでシェアしたいお客様にとって最適なカメラであるといえます。一眼レフで撮影するとすぐにスマホに自動転送してくれるアプリに対応しているので、撮った写真をスマホですぐにアップすることも出来ます。また、スマホでリモート撮影したりできるなどいろいろと楽しめる機能が入っております。こちらにもダブルズームキットがあり、幅広い撮影が可能です。
・Nikon D7500 18-140レンズキット
かんてい局つくば店 買取金額 50,000円
※2020年8月11日現在の金額になります。市場の動向等により金額が上下する場合がございます。
エントリーモデルでは物足りなくなってしまった方なら、是非ご購入の候補に入れていただきたいカメラです。上位モデルであるD500の画質と性能を軽量かつ薄型ボディーに凝縮しており、高性能かつコンパクトを実現しております。秒間8コマの高速連写で動いている被写体でもきっちりと捉えます。タッチシャッター等にも対応する3.2型画像モニターも搭載しており、思うがままにシャッターを切る事が出来ます。
以上、Nikonのおすすめの一眼レフのご紹介をさせていただきました。お気に入りの一台は見つかりましたでしょうか?
いかがでしょうか?
ここまでNikonの歴史とおすすめの一眼レフのご紹介をさせていただきましたが、少しでも興味を持っていただければ幸いです。
そんな魅力あふれるNikonの一眼レフの買取を、かんてい局つくば店では積極的に買取を行っております
もしお手元にNikonの一眼レフをお持ちで、買取してもらおうか悩んでいるお客様がいらっしゃれば、是非かんてい局つくば店までご来店下さい
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お客様のご来店を、かんてい局つくば店スタッフ一同、心よりお待ちしております
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