【2026年】エグラー社とは?Rolexを支えたムーブメントの歴史|かすみがうら・土浦の質屋 かんてい局土浦
Rolex エグラー社とは?ロレックスを支えたムーブメントの歴史|かすみがうら・土浦の質屋かんてい局土浦
エグラー社とは
エグラー社(Aegler)は、1878年にスイスのビエンヌ(Biel/Bienne)で創業した時計会社です。小型ムーブメントづくりを得意とし、創業期のロレックスにムーブメントを供給し続けた「ロレックスの心臓部のつくり手」です。
【結論・まとめ】30秒でわかるエグラー社
- エグラー社は、スイスのビエンヌで時計ムーブメントを製造していた会社です。
- ロレックスの創業初期から、同社がつくった小型ムーブメントがロレックスの時計に使われました。
- 両社は長く別の会社で、関係は「取引」→「出資・専属」→「統合(2004年)」と段階的に変わりました。
この記事でわかること
- エグラー社の正体と、創業者ジャン・エグラーの歩み
- ロレックスとの関係が「取引」から「統合」へ変わるまで
- 1878年から現在までの歴史年表
- 「ロレックスは自社製ムーブメントではなかった」は本当か
- バブルバックとのつながり
もくじ

エグラー社とは
エグラー社(Aegler/エグラー)は、スイス北西部の時計の街ビエンヌ(ドイツ語ではビール/Biel)で生まれた時計会社です[3]。完成品の時計よりも、その中で動くムーブメント(機械)づくりで力を発揮した会社でした。
社名は時代とともに変わっています。創業者の名を冠した個人事業から始まり、息子たちの代には「Les Fils de Jean Aegler(ジャン・エグラーの息子たち)」、のちに「Aegler SA」、そして1930年代には「Manufacture des Montres Rolex SA」へと改められました[4][5]。本記事では、こうした呼び名の変化をまとめて「エグラー社」と表記します。
最初に押さえておきたいこと:エグラー社とロレックスは、最初から同じ会社だったわけではありません。ムーブメントを「つくる」ビエンヌの会社と、時計を「売り、ブランドを担う」ロレックスは、約100年にわたって別々の会社として歩みました。
ジャン・エグラーと会社の創業
ジャン・エグラーはどのような人物か
ジャン・エグラー(Jean Aegler、1850〜1891年)は、スイス・ベルン州の出身で、時計職人として修業を積んだ人物です。1878年、妻の協力を得てビエンヌで自分の名を冠した事業を始め、1881年には市内のレープベルク(Rebberg)地区に工房を構えて、ムーブメントから自社でつくる時計工場へと育てました[3]。
小型ムーブメントを得意とした理由
エグラーが力を入れたのは、直径の小さな婦人用の時計でした。1888年からは輸出も始め、直径約20mmの11リーニュのレバー式ムーブメントも手がけています[3]。
当時、男性の時計はまだ懐中時計が主流でした。腕に着ける時計は「小さくて精度が出ない」と見られがちだった時代に、小さくても正確に動く機械をつくれる技術は大きな強みです。のちに腕時計の会社として世に出るロレックスにとって、これ以上ない相棒だったといえるでしょう。
家族による事業継承
ジャン・エグラーは1891年、41歳の若さで亡くなります。その後は妻と息子のハンス、ヘルマンが事業を引き継ぎました[3][5]。とくにヘルマン・エグラーは、のちにロレックス創業者ハンス・ウイルスドルフと深い信頼関係を築いていきます[4]。
エグラー社とウイルスドルフ、ロレックスの関係
ロレックス創業初期のムーブメント供給
ハンス・ウイルスドルフがロンドンで時計の会社を興したのは1905年です[2][5]。彼が目指したのは、まだ珍しかった「正確な腕時計」。そのために必要だった小型で高精度のムーブメントを、ビエンヌのエグラー家に求めました[5]。
1910年には、ロレックスの腕時計がスイスのクロノメーター証明を取得します。このとき証明書の製造者欄には「Les Fils de Jean Aegler」の名があったと伝えられています[5]。ブランドの名声を最初に支えたのは、ビエンヌの職人たちの機械だったわけです。
供給関係と会社の所有関係は別
エグラー社とロレックスの関係は、次の3段階で変わっていきました。
STEP 1|1905年頃〜
取引先としての供給
ウイルスドルフがエグラー家に小型ムーブメントを依頼。別々の会社による取引関係です。
STEP 2|1920年代〜1936年頃
出資と専属契約
互いに出資し、ビエンヌの工場はロレックス専属に。それでも所有はエグラー家・ボーラー家でした。
STEP 3|2004年〜
ロレックスへの統合
ロレックス本社がビエンヌの工場を取得。ここで初めて同じグループの会社になります。
1920年代には両社が互いに出資し、1936年頃にはビエンヌの会社が「Manufacture des Montres Rolex SA」と名を改めてロレックス専属の工場になります[4][5]。名前に「Rolex」が入っても、所有していたのはエグラー家と、その親族であるボーラー家でした[5][6]。
工場の経営は、ヘルマンの甥エミール・ボーラーが1930年代初めから担い、1960年代後半からはその息子ハリー・ボーラーへと引き継がれました[4][5][6]。そして2004年、ロレックス本社がボーラー家からビエンヌの工場を取得したと報じられています[4][5][6]。買収額は報道によって数字が異なるため、本記事では掲載しません。
1931年のパーペチュアルローターは誰の発明か
ロレックスは、1931年に登場したパーペチュアルローターをブランド自身の発明として特許を取得したものと紹介しています[1]。一方でスイスの報道では、同じ1931年にエグラー側のエミール・ボーラーが、腕の動きで巻き上がるムーブメントの開発に関わったと伝えられています[6]。
当店では、どちらか一方だけを正解とは考えていません。ジュネーブのロレックスとビエンヌのエグラー社は、このころすでに専属に近い関係で一体となって動いていました。「ロレックスの発明」として世に出た技術を、ビエンヌの工場が形にした。そう捉えるのが、両方の記録と矛盾しない見方です。
「ロレックスは自社製ムーブメントではなかった」は正確か
ときどき「2004年まで、ロレックスはムーブメントを自分でつくっていなかった」という言い方を見かけます。会社の登記だけを見れば、確かにビエンヌの工場は2004年まで別会社でした。
しかし実態としては、ロレックス専属で、ロレックスのためだけにムーブメントを開発・製造してきた工場です[4][5]。「よそから汎用品を買っていた」というイメージとはまったく違います。当店では、「別会社だった時期が長いが、創業期からロレックスと一体で歩んだ専属の製造元」と説明するのが最も正確だと考えています。
※デイトナの一部の世代のように、他社製ムーブメントをもとにした例外もあります[5]。
【中間まとめ】
エグラー社は、1878年にビエンヌで生まれたムーブメントのつくり手です。1905年頃からロレックスにムーブメントを供給し、1920年代の相互出資、1930年代の専属化を経て、2004年にロレックスのグループに入りました。「供給」「出資・専属」「統合」は別々の出来事として分けて理解すると、両社の関係が正確に見えてきます。
エグラー社とロレックスの歴史年表
1878年の創業から現在まで、エグラー社とロレックスの歩みを時系列でまとめました。各項目のラベルは、その情報がどの種類の資料に基づくかを示しています。
1881年
1888年
1908年
1910年
1931年
1936年頃
2012年
現在
ラベルの意味:ロレックス公式ロレックスが公表している内容 歴史事典スイス歴史事典 コレクター資料専門店・研究サイトの資料 報道新聞・ニュース報道
※年代や金額は資料によって差があるものがあります。本記事では、複数の資料で確認できる内容を中心に掲載しています。
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エグラー社とバブルバックの関係
バブルバックは、1930年代から1950年代半ば頃につくられた、ロレックス初期の自動巻きモデルの通称です。自動巻き機構を収めるために、裏蓋が泡のように丸く膨らんでいるのが特徴です。
このバブルバックに搭載された自動巻き機構は、ロレックスがムーブメントの製造元であるエグラー側と協力して開発したものです[7]。1931年にパーペチュアルローターが登場し、その2年後の1933年に最初のバブルバックが誕生しました。エグラー社の歴史は、そのままバブルバックの「中身」の歴史でもあります。
注意:「この型番のムーブメントはエグラー社製」と個別に言い切るには、資料と実物の両方での確認が必要です。同じバブルバックでも、年代によって搭載ムーブメントは異なります。お手持ちの時計については、刻印や仕様を一つずつ確かめたうえで判断します。
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現在のロレックス・ビエンヌとのつながり
ロレックスは現在、スイス国内の4つの拠点で時計をつくっており、ムーブメントの製造はビエンヌで行っていると紹介しています[2]。2009年からは大規模な拡張が始まり、2012年には新しい生産棟が完成しました[5]。
ただし、今のビエンヌ拠点を「昔のエグラー社そのもの」と見るのは正確ではありません。同じ街で、同じ「ムーブメントをつくる」役割を受け継いでいるという歴史的な系譜はある一方で、会社の組織は2004年の統合を経て大きく変わっています。

当店の査定と、ムーブメントの歴史
鑑定士ウミノの視点
ヴィンテージのロレックスを査定するとき、私たちは文字盤やケースだけでなく、中のムーブメントが「その時代のロレックスとして自然か」を見ています。そのときに頼りになるのがこうした製造の歴史です。
ロレックスの機構は、創業期からビエンヌでロレックスのためだけにつくられてきました。だからこそ、年代と合わないムーブメントや別の時計から移したような部品の組み合わせは、全体を見ると違和感として表れます。歴史を知ることは、時計を正しく評価するための土台なのです。別記事でもご案内していますが、ヴィンテージ時計は当時のそのままの状態を綺麗に維持している個体の方が少ないため、つぎはぎがある方が自然とも言えるので難しいところですが、そこがビィンテージ時計の楽しさでもあります。
※査定士個人の見解です。実際の評価は個体ごとに異なります。
ロレックスの修理・メンテナンス実績
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エグラー社についてよくある質問
Q1. エグラー社とはどのような会社ですか?
A. 1878年にジャン・エグラーがスイスのビエンヌで創業した時計会社です。小型の時計とそのムーブメントを得意とし、創業間もないロレックスにムーブメントを供給しました。
Q2. エグラー社はロレックスの子会社だったのですか?
A. いいえ、長いあいだ別の会社でした。1920年代に互いに出資し、1930年代にはロレックス専属の工場になりましたが、所有はエグラー家・ボーラー家のままでした。ロレックス本社が取得したのは2004年と報じられています。
Q3. ロレックスの時計はエグラー社製ムーブメントを使っていたのですか?
A. はい。創業期からビエンヌのエグラー家がロレックスのムーブメントを手がけていました。ただし、すべての時代・すべてのモデルが同じというわけではありません。たとえばデイトナには、他社製をもとにしたムーブメントが使われた時期があります。
Q4. エグラー社はいつ創業しましたか?
A. 1878年です。ジャン・エグラーが妻の協力を得て、ビエンヌで個人事業として始めました。
Q5. エグラー社とロレックス・ビエンヌは同じ会社ですか?
A. 同じ流れをくむ会社ですが、まったく同じではありません。エグラー家の会社は1930年代に「Manufacture des Montres Rolex SA」と名を改め、2004年にロレックス本社のグループに入りました。現在のビエンヌ拠点は、その歴史の上に立つロレックスのムーブメント製造拠点です。
Q6. エミール・ボーラーはパーペチュアル機構とどう関係していますか?
A. エミール・ボーラーは、ヘルマン・エグラーの甥で、1930年代初めにエグラー側の経営・技術の中心を担った人物です。1931年に自動巻きムーブメントの開発に関わったと報じられています。一方、ロレックスはパーペチュアルローターを自社の発明として紹介しているため、本記事では発明者を一人に絞らずに説明しています。
Q7. バブルバックとエグラー社にはどのような関係がありますか?
A. バブルバックの自動巻き機構は、ロレックスがエグラー側と協力して開発したものとされています。ただし、個々の型番やムーブメントの製造元は、資料と実物の刻印で一つずつ確かめる必要があります。
Q8. エグラー社の歴史は現在のロレックスにどうつながっていますか?
A. ムーブメントをビエンヌでつくるという体制は、エグラー社の時代から今まで続いています。現在もロレックスは、ムーブメントの製造をビエンヌで行っています。
【結論・まとめ】
エグラー社は、ビエンヌでロレックスのムーブメントをつくり続けた会社です。両社は約100年にわたって別の会社でしたが、創業期から一体となって歩み、2004年に統合されました。「ロレックスのムーブメントを作っていた」の一言で終わらせず、供給・出資・統合という関係の変化を知ることで、ロレックスの歴史と、ヴィンテージロレックスの価値がより深く見えてきます。
参考文献
- ロレックス公式サイト「Perpetual rotor」
https://www.rolex.com/watchmaking/features/movements/perpetual-rotor - ロレックス公式サイト「The four sites(Geography of excellence)」
https://www.rolex.com/watchmaking/excellence-in-the-making/geography-of-excellence - スイス歴史事典(HLS)「Jean Aegler」
https://hls-dhs-dss.ch/de/articles/029786/ - Timefiles「How it took Rolex a century to own its movement manufacture」
https://timefiles.ch/post/how-it-took-rolex-a-century-to-own-its-movement-manufacture/ - Bob’s Watches「How Aegler Became Rolex’s Movement Maker」
https://www.bobswatches.com/rolex-blog/resources/aegler-became-rolex-movement-maker.html - swissinfo.ch「Rolex-Patron Harry Borer ist tot」(2017年)
https://www.swissinfo.ch/ger/business/rolex-patron-harry-borer-ist-tot_geld-und-status-nicht-seine-welt/43264656 - Sotheby’s「Rolex Bubblebacks: A Collector’s Guide to the Iconic Vintage Watch」
https://www.sothebys.com/en/articles/rolex-bubblebacks-a-collectors-guide-to-the-iconic-vintage-watch
※本文中の[n]をクリックすると、該当する参考文献へ移動します。本記事の文章は、上記資料の事実をもとに、かんてい局土浦店が独自の構成・表現でまとめたものです。
この記事の執筆・監修
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古物商・時計鑑定士(査定歴12年)
査定実績 1万本超
修理実績 2万本以上
都内の老舗質屋や全国チェーンの質店で、12年以上にわたり査定を担当してきた鑑定士。キャリア通算では10年以上、これまでに査定してきた時計は1万本を超え、2万本以上の時計を修理してきた実績を持つ。かんてい局土浦店では時計関連記事の執筆・監修も担当。最近はツェッペリンの時計にはまり、「ドイツ沼」に足を踏み入れている。
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